恋人たちへ究極の問い

037

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……杜王駅の西口が見えてきた所で、あたしはとうとう我慢できなくなって振り返った。 しばらく前から後ろを着けてきている追跡者。とっくの昔に気付いてるってぇの。 振り返ったあたしは、そして呆れた。道の真ん中、全然隠れるつもりもなさそうな奴。 長い髪に、スラリとした身体。妙にピッチリ張り付くような服。『首輪』とデイパックを見れば、一目で『参加者』って分かる。 「なによ、アンタ」 「……この『ゲーム』に放り込まれてから、ずっと考えていた。『人を愛する』とは、どういうことかを」 あたしの呼びかけが聞こえたのか聞こえていないのか、『その男』は俯いたまま、妙なことを呟き始めた。 そう、男。声を聞けば明らかに男。 正直、驚かされたわ。 よくよく見れば、ぴっちりした服に浮かび上がった胸板の形とか、明らかに男のモノなんだけど…… なんでかしらね、声を聞く瞬間まで、ソイツのことをすっかり『女』だと思い込んでた。 一瞬混乱しちゃったあたしをよそに、その男はなおもブツブツ呟いてる。 「彼女を追い、彼女のために戦っていた間、俺はずっと思っていた。『彼女の光が俺の闇を打ち払ってくれるのだ』と。  彼女を手に入れることで、俺も闇を脱ぎ捨てて生まれ変わるのだ、と。そのためなら何でもできるのだ、と」 「……まあ、いいわ。アンタが男だろうと女だろうと、やることは変わらないもの。  けど、その前に聞いておくわ。……康一君、知らない? 私の大事な彼。学ランを着た、小柄な男の子なんだけど」 知ってようと知ってまいと、結局はあのブラフォードとかいうイカレ野郎みたいに殺しちゃうんだけど。 でも、康一君の居場所を教えてくれるなら、しばらく生かしておいてもいいわ。殺す時も苦しまないようにしてあげる。 と、せっかくあたしが精一杯優しく聞いてあげているってぇのに、この男ときたら。 「けれど……なら、何故俺はあの時、『あんな作戦』を提案した?  自分が変わるために彼女を利用するつもりに過ぎなかったなら、何故俺は自分を犠牲にするような策を選んだ?  本当に自分の『ツキ』を信じていたのか? 本当に、俺も含めた全員が生き残ることを、迷い無く信じていたのか?  ……いや、違うな。本当に信じていたなら、わざわざあんなこと口にしない。あの状況で、結婚を申し込んだりしない」 「……質問に答えろ、このオカマのヘナチン野郎ッ! ブッ殺すぞッ!  康一君はどこ!? 康一君を知らない!?  てか、知らねーならお前なんかに用はねぇんだよッ!」 ……はッ!? つい汚い言葉を使っちゃったわ。こんな言葉使ったりして、康一君に嫌われたりしないかしら。 でもコイツが悪いのよ。コイツが舐めた態度取ったりするから。あたしの優しさを無視したりするから。 だから左のまぶたがピグピグいって、ついつい暴力的な気分になっちゃうのよ。 もういいからブッ殺してやろうかしら……と、あたしが思った瞬間。 やっとあたしの言葉が耳に届いたのか、ソイツはようやく顔をあげた。 ――でも。 「『コーイチ』……それがお前の想い人の名か  こちらからも聞こう。お前、徐倫を知らないか? 空条徐倫。この俺、ナルシソ・アナスイのフィアンセ。  頭を団子に結っていて、へそにピアスをしている。あと、お前のようなキツいタイプだが、お前よりは美人だ」 「質問してるのは、こっちなんだよォォォッ! なめてんじゃねェこのウスラボケがァァァッ!」 『ラブ・デラックス』! 左目が震える。そしてもうあたしは自分の衝動を押さえつけてやる気はない。 あたしの髪が一瞬で『伸びる』。杜王駅前の通りを埋め尽くさんばかりの勢いで一気に増えて伸びる! 会話が成り立たないアホがッ! てか、誰がブスだこのクソッタレがァァァァッ!! アナスイとかいうこのクソ男を、あたしの髪が捕らえる。逃げる間も与えず両手両足を拘束し、締め上げる。 そのまま絞め殺したくなる気持ちを必死に抑えて、あたしは例の剣を抜く。 ブラフォードとかいう騎士気取りのアホが持っていた、『幸運の剣』改め『不幸の剣』。 それを、これまたあたしの髪の一房で掴み、アナスイの眼前に突きつける。 あたしのスタンド『ラブ・デラックス』、ただ髪を自由に操るという「だけ」のスタンドだけど、その分パワーとスピードは十分。 コイツがどんな能力を持っていようと、あたしの剣が奴の喉笛を掻き切る方が速い! あたしは勝手にピグピグ震える眼輪筋をそのままに、最後の問いかけをする。 「……もう一度だけ聞くわ。広瀬康一。知らない?」 「聞いてどうする。俺がお前の恋人のことを知っていたら、どうするつもりだ?」 ……殺す! 殺す殺す殺す! 2度ならず3度まで! 質問に質問文で答えたらテストは0点なのよこのウスラボケがッ! あたしはそして、剣を振り上げて―― 「話を聞いて、その恋人を見つけ出して――それからお前は、どうする気なんだ?  たった1人しか生き残れないこの『殺し合い』の中で、一体どうする気なんだ?  心中でもするか? それともコーイチって奴に殺してもらうか? あるいは、そのコーイチをも自分の手で殺すのか?」 ――え? 剣を握った髪が、はたと止まる。 何を言っているの、コイツ? あたしは、康一君を探して、邪魔者ぶっ殺して、康一君を見つけて、邪魔者ぶっ殺して、康一君を守って…… 守って……それから? それからあたしは、どうするの? 一緒に死ぬの? そんな、馬鹿なことするわけがない。 康一君に殺してもらうの? いやよ、大体そんなこと康一君がするはずがないし。 あたしが、康一君を殺すの? ……そりゃぁ、彼を殺せば永遠にあたしのもの、とか考えたこともあったけど。 目の前には、アナスイとか名乗った男の暗い瞳。『闇』そのものを具現化したような目。 「考えてすらいなかったか。つくづく、どうしようもない奴だな」 「う……うるせぇんだよォォォッ! 偉ぶってんじゃねぇこのビチグソがぁぁぁッ!」 許せなかった。一瞬動揺しちゃった自分が許せなかった。あたしは絶叫しながら髪に力を篭める。 剣を構えなおす。このクソ男の手足を締め上げ、全ての動きを封じておいて、その胸を貫こうと―― 「――『ダイバー・ダウン』」 貫こうとして――あたしははッとする。 あたしの髪に重なるようにして、すぐ目の前に現れた人影。標準的な人型『スタンド』の像。 けどどうして?! この男が『スタンド使い』であること自体は驚かないけれど、スタンドはスタンドで捕らえられるはず。 当然、これだけ近づいていればあたしのスタンド『ラブ・デラックス』に触れていたはずなのに、どうして――! 拳が迫る。髪の中を滑るように迫る。髪で防御を――いや、間に合わな―― ゴッ! 頭部への衝撃。頭がバラバラになるような激痛。あたしの目の前が、一瞬で真っ暗になって――  *  *  * ……女が、崩れ落ちる。オレの『ダイバー・ダウン』の拳を頭に喰らったんだ、立っていられる方がおかしい。 言葉を交わしている間に、『ダイバー・ダウン』が太い束となっていた髪の中に潜行。そのまま直接女を殴ったわけだ。 これがもし普通のスタンド相手だったなら、こうはいかなかったが。 どうやらこの女のスタンドは、本体の髪と一体化し、実体化しているタイプらしい。 それが生き物の肉体なら、『ダイバー・ダウン』が潜り込むのに問題はない。本人にも気付かれずにダイブできる。 「しかし、『身体と一体化』した、『自在に動くヒモ状のスタンド』、か……。  徐倫に似過ぎている。ここで潰しておくことができて、本当に良かった」 スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う。そして、似た才能を持つ者同士もまた、引かれ合うものだ。 オレの質問への反応の様子を見る限り、まだ徐倫とは出会っていないようだが…… 放っておけば、いずれ出会っていた可能性は高い。そして、この性格だ。 ここで俺が先に出会うことができて、本当に良かった。 「さて、トドメを刺さなきゃな……」 オレは倒れた女の方に歩み寄る。目に付いたのは、女が髪で握っていた剣。支給品だろうか? 未だその柄には髪が絡みついたままだが、しかし何か書いてあるのが見える。 「LUCK」。『幸運の剣』、ってところか。どうやらその幸運は、この女には微笑んじゃくれなかったようだが。 そして俺は剣を拾おうとして…… 「……っけんじゃねぇよッ! ボゲッ!」 それは、このオレにとっても全くの不意打ちだった。 完全にKOできたと思えた女、それが跳ねるように起き上がり、血に染まった顔を上げ。 一旦は力なく地面に垂れていたその髪が、再び……!  *  *  * 「……っけんじゃねぇよッ! ボゲッ!」 あたしは叫んだ。 一瞬意識がトンじゃったじゃないのこのクソがっ! 血も出てるじゃないのッ! 頭がズキズキ痛くて、ひょっとしたら頭蓋骨も割れてるのかもしれないけどもうそんなの関係ないわ! 殺す! 今度こそ殺す! 『ラブ・デラックス』! 「『ダイバー・ダウン』、とか言ったかしら? アンタのスタンド?  物体に潜り込む……髪の束に潜り込んだ……そう考えなきゃ、さっきの動きは説明できない。  けど、『髪』が束になってなければァァァッ!」 見たところ、人型スタンド本体の体格よりも、一回り小さいモノにも『潜れる』ようだけど。 けど、束になってない髪ならばッ! 文字通り髪の毛ほどの太さしかなかったならッ! あたしの『ラブ・デラックス』は髪の毛を自在に操れるスタンド。普段はある程度束にして使うけど…… その気になれば、1本1本別々に動かすこともできるッ! ちょっと操作が面倒なだけで、パワーは変わらない! 1本ずつ動く髪がそれぞれに奴の身体を捕まえる、手に足に胴体に改めて絡みつく、もう潜ったりしてる時間はやらない、 面倒くさい剣なんて使ってられるかってぇの、このまま渾身の力でその手足をバラバラに引き裂いて……! 引き裂いて……引き裂いて……あれ? 「……成人の頭蓋骨は通常28個の骨から構成されるが、生まれた時点では45個の骨で作られているそうだ。  成長の過程で隣り合うものが癒合し、縫合を形成し、脳を守る堅いヘルメットとなるわけだが……」 奴が何か言っている。でもあたしはそれどころじゃない。 なんで!? 髪に思いっきり力を篭めているのに、奴の身体を四方に引き裂こうとしているのに、まったく動かない。 いや、動いているのは…… 「あ……あたしの頭がぁぁぁ!? 伸びてるッ!? 髪の毛に逆に引っ張られて……伸びてるッ!?」 「『ダイバー・ダウン』。さっき髪の毛に潜って頭を直接殴った時、頭蓋骨を『分解』しておいた。  その『髪』にどんなに力があろうとも……『土台』が揺らいでいては、力が出せないよな?」 奴がニヤリと笑う。でもあたしはそれどころじゃない。 頭が! あたしの頭の皮が! 風船の一部をつまんで伸ばしたように、歪に伸びている! ゴムみたいに伸びてるッ! 『ラブ・デラックス』で奴の手足を引っ張ろうとして、逆にあたしの頭の皮の方が引っ張られ! 『分解』されたっていうあたしの頭蓋骨ごと、細かい頭蓋骨の板ごとに、あっちこっちに伸びているッ! ありえない形に、なっているッ! 「あああああああッ!? 何なのよ! 何なのよこれッ! どうなってるのよッ!」 「引っ張り続けると……頭の皮が千切れて頭蓋骨ふっ飛んで、脳ミソ零れて死ぬだろうな。もっとも……」 あたしは慌てて髪に篭めた力を緩める。このままじゃあたし自身の力であたしの頭が壊れちゃう! そう思って、あたしは慌てて奴の手足に絡めていた髪を緩めて、引っ張るのを止めて…… 次の瞬間! 頭皮が破ける寸前だったあたしのバラバラの頭蓋骨が、ゴムに引っ張られるように、思いっきり…… 「頭蓋骨を分解するついでに、頭の表面にある薄い筋肉・浅頭筋群をバラして、組み替えておいた。  バネになるように。ゴムのような弾性を持つように。  急に髪の力を緩めたりしたら――やっぱり、死ぬだろうな」 しまッ……! バラバラになった頭蓋骨が、思いっきり勢いつけて、その下の脳にッ……! 頭蓋骨を止めッ……! 髪でッ……! 間に合わなッ……! ズドドドドッ! あたしが何かする間もなく、あたしの頭蓋骨は、バラバラになった頭蓋骨は、伸びきった頭皮に引っ張られて―― 普段は頭蓋骨という硬いヘルメットに守られた、豆腐のように柔らかい脳味噌めがけて飛び込んで―― あたし・山岸由花子の意識は、そこで途絶えた。  *  *  * ……まあ、簡単なことだった。 足を分解してスプリングにしたり、肋骨を使って罠を作ったりするよりは、簡単な細工だった。 まさかあんなに早く目覚めるとは思わなかったが、一発目に殴った時、念のため仕込んでおいたのは正解だったな。 脳を自らの頭蓋骨でグチャグチャにかき混ぜられ、ピクピクと痙攣する女。 オレはそして、女の落とした剣を取る。髪の毛の絡まった『幸運』の剣。 これは儀式だ。オレがこの先、徐倫のために戦い抜く覚悟を決めるための儀式。 そしてオレは、久しぶりに。実に久しぶりに。 『水族館』に収監される理由となった、あの事件の時のように。 人間丸ごとの『解体』を、開始した。  *  *  * 「オレは……既に考えている。その問題を。お前と違って、既に答えを出している」 男は呟く。几帳面に『解体』したモノを、杜王駅西口広場の路上に並べながら、呟く。 心臓。肺。甲状腺。食道。脳。脊髄。 切り分けられたモノが、静かな街のごく普通の道路に、並べられていく。 「徐倫のために、オレは『殺人鬼』に戻る。そして……」 胃。十二指腸。肝臓。膵臓。脾臓。空腸。回腸。結腸。 夜の街に、湯気を立てる新鮮な臓器が並んでいく。 「徐倫以外の全ての参加者を殺した後、オレは……」 直腸。子宮。卵巣。膀胱。綺麗に切り分けられた数々の筋肉と、数々の骨。 『幸運』の剣を使って『解体作業』を進めた彼は、そして最後に呟く。 「オレは、命を絶つ」 ケープ・カナベラルの沖合いで、既に一度捨てた命だ。 ナルシソ・アナスイは、覚悟を決めていた。 全ての参加者を殺し、徐倫を『最後の1人』にする。たとえ彼女に嫌われようと、悲しまれようと、やり遂げる。 それが彼の目的。彼の狙い。今の彼の、生きる理由。 すっかり『解体』され、並べられた山岸由花子の成れの果てを一瞥して、彼は歩き出す。 未だ黒髪が巻きついたままの『幸運』の剣を手に、デイパック3つを肩にかけ、明るみ始めた駅の方向に歩き出す。 地図を見る限り、街は駅の東側の方が広く大きい。そちらの方がより多くの参加者がいることだろう。 全ては徐倫のために。全ては徐倫の『優勝』のために。 彼は新たな標的を求め、歩き出す。 アナスイは、まだ知らない。 彼が手にした『幸運』の剣。 由花子の髪が絡みつき、どう頑張っても解けなかった柄の一部。 その、柄に巻きつく由花子の髪に隠された格好2文字の存在。『LUCK』の上につけられた、『UN』の血文字。 その剣は決して『幸運』の剣などではない。黒騎士がその生の最後に呪いを篭めた、『不運』の剣! 果たして、黒騎士ブラフォードが遺した呪詛は、山岸由花子の死によって晴らされ消え失せたのか? それとも柄に巻きつく黒髪のように、由花子の怨念がさらに上乗せされたのか? アナスイは、まだ知らない。 黒髪の下に隠された2文字のことを。そしてこの剣がもたらす、これからの運命のことを……! 【杜王駅西口広場(E-03) 1日目 黎明〜早朝】 【ナルシソ・アナスイ】 [スタンド名]:ダイバー・ダウン [時間軸]:対プッチ戦終盤、除倫がプロポーズをOKした瞬間 [状態]:健康 [装備]:『幸運?』の剣 (柄に由花子の髪が絡みついて離れない。髪の下に「UN」の血文字が隠されている) [道具]:支給品一式×3 (自分のもの・由花子のもの・ブラフォードのもの、合計3つ) [思考・状況]   1:徐倫を護るため、あえて『殺人鬼』になる   2:徐倫以外を全て殺した後、自分も死ぬ。   3:とりあえず、他の参加者を探して駅の東側の街へ向かう   4:(本人の意識には上ってないが、なんでも分解してしまう癖が再発中) 【山岸由花子 死亡】 [備考]:由花子の死体は完全に『解体』され、E-03の西口広場の路上に並べられています。

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