賢者の真実、愚者の嘘

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もと居た部屋にもう一度戻ると、ホル・ホースはソファに腰を沈めて男の顔を見上げた。 見れば見るほど、男の容姿はジョセフ・ジョースターと似かよっている様に思える。 精悍な顔つき、強い意志を感じさせる瞳。 それらは、かつて戦ったときに見たあの男の面影を確かに残している。 苗字の一致は、決して単なる偶然などではないだろう。 「あんたも座ったらどうだ?」 顎をしゃくって向かいのソファを勧めると、対面する相手は言われたとおりに腰を下ろした。 その物腰はどことなく古風な優雅さを漂わせており、上流階級的な気品を感じさせた。 「それじゃ旦那、最初は自己紹介と行こう」 「ああ、そうしよう。……ところで、まずは君の名前をもう一度教えてくれないかね。 すまないが、さっきは突然だったせいでよく聞き取れなかったのでね。ええと、『ホル』……?」 ジョージ・ジョースターが腰掛けたのを確認し、ホル・ホースは我先にといった感じで口を開いた。 こういう場では、できる限り会話の主導権を握っておいたほうがいい。 一旦相手のペースに嵌れば、嘘を吐くのも、有用な情報を聞き出すのも難しくなる。 特にこの男は先ほど、僅かな言葉のやり取りだけで自分を諌めさせてしまったのだ。 スタンドの能力は不明だが、彼の持つ独特なオーラはそれだけで何か『ヤバイ』気がぷんぷんする。 「俺かい? さっきも名乗ったが、俺は……」 先ほど名乗った自身の名をもう一度口にしかけたホル・ホースが、しかしふと真顔で口ごもった。 ……っと、さっきは気にしなかったが、もしもこいつが本当にジョセフの息子か何かなら、俺の名前を言うのはまずいんじゃねぇか? こいつの顔をジョースター一行の中に見た覚えはないが、だからといって油断はできねえ。 何て言ったってこいつは、クソ忌々しい『ジョースターの血統』の一員だ。 ジョセフや承太郎のクソ野郎共から、電話か何かで情報を送られている可能性だってないとは言い切れねえ。 幸い、さっきはいきなりだったから正確な名前は聞き取れていなかったようだ。 だが次に正直に名乗れば最後、すぐに俺がDIOの配下だってことがバレちまうかもしれねえな……。 それなら、仕方ない。この男がどこまで『関わって』いるのか、俺がこの会話の中で探るまでだ。 「『ホル』じゃぁねえよ旦那。俺のイニシァルはHじゃなくて、Pさ」 首を捻って聞き返すジョースター郷に、できる限り平静な顔を見せると、ホル・ホースは眼前の相手に告げた。  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ポルナレフ。J・P・ポルナレフだ。よろしく、旦那」 言いながら、ちらり、と視線をかすかに上方へ向け相手を伺う。一瞬の動揺も見逃さないつもりだった。 眉根が一瞬寄せられたとか、驚いたように目を瞬かせたとか、息を飲む音がしたとか。 そういう変化があれば、絶対に見落とさずに確認してやれる自信があった。 友好的に右手を差し出しながらも、ホル・ホースの瞳はぎろぎろと光を放っていた。 「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、ポルナレフ君」 しかしジョースター郷はそう返答すると、ホル・ホースの差し出した掌を胸の前で握り返した。 ホル・ホースを真っ直ぐ見つめるその双眸に、疑惑や驚愕の色はない。 彼の表情や仕草にも、とりわけ不審な臭いは感じ取ることができなかった。 相手の反応を確認し、ホル・ホースはその場で小躍りしたくなる。 思わずにまにま笑ってしまいそうなのを抑えて、自分自身を落ち着かせるように首の後ろを軽くもんだ。 首筋のコリと共に張り詰めていた緊張を解きほぐしながら、心中でこっそり「ラッキー」と呟く。 もしこの男が少しでも承太郎達から情報を得ているなら、いくらなんでもポルナレフの名前くらいは聞き覚えがあるだろう。 その名前に何の反応もしなかったということは、当然、自分のことも知らない筈だ。 もっとも、だからと言って今更本名を教え直すつもりもない。 相手が自分を『ポルナレフ』だと思っているのなら、勝手に勘違いさせておけばいい。 情報は、何にも勝る貴重品だ。 なかでも殺し合いの最中には、特にその価値が跳ね上がる――。 *     *     *      ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ところでポルナレフ君、君は誰か探している相手は居ないのかね」 「ああ、それなんだが……俺にはこれといって会いたいヤツはいねぇ」 DIOに付くという手もあるが、あの方なら一人でも十分に生き残れるだけのすべを備えているだろう。 のこのこ彼のもとへ出向いて、あっけなく殺されてしまってはたまらない。 かといって、他の配下達なんぞと共闘できるとは思えないし、敵対している承太郎一行と組むのだって無理だろう。 「そういう旦那は、誰か探したい相手が居るのかい?」 「ああ、見つけなければならない者が二人居る」 「そういや、さっき『息子』がどうとか言ってたな。するってぇと、その二人ってのはあんたの子供達なのか」 まさか、承太郎じゃぁねえだろうなあと若干ビビりながら、ホル・ホースが尋ね返す。 ジョースター郷は、ホル・ホースの問いにこくりと頷くと、深刻そうな面持ちで口を開いた。 「一人はジョナサン、もう一人はディオ。二人とも、私の大切な息子だ」 「……なっ、何ぃぃぃぃ!?」 あまりに予想外な名前を耳にして、ホル・ホースは思わず、顔を引きつらせて仰天した。 目を真ん丸く見開いて眼前の相手をじろじろと覗き込むが、嘘を言っているようには見えない。 そりゃぁDIOだって木の股から生まれたわけではないだろうから、父親が存在したっておかしくはない。 だが、この男が父親というのはいくらなんでも不可解だ。 先ほど名乗ったファーストネームも勿論だが、何よりどう考えても年齢が合わないだろう。 こいつ、頭がイかれてるんじゃあねえのか? 言ってることが、めちゃくちゃじゃねえか。 年のせいで耄碌してるってんなら、とっとと分かれて別の相棒を探したほうがいいよなあ。                        ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ……いや、待て。もしかしてこの男も、自分と同じことをしているんじゃあねえのか!!? 在り得るぜぇ〜っ。俺が名前を偽ったように、この男も自分の名前を偽って教えたのかもしれねえ。 こんな状況で出会ったヤツに、す〜ぐ本名を教えるなんて危ないこと、普通の人間じゃそうそうできねぇ。 実際俺だって、相手の反応を見るためにポルナレフの名前を使ったわけだしな。 自分の名前や探している相手を知られれば、それが『弱み』になる。 慎重な人間なら、『弱み』に繋がりそうな情報は出来るだけ隠しておきたいってぇ考えるだろう。 単純な、しかしそれまで思い浮かばなかったその思い付きに、ホル・ホースはどくんと心臓を高鳴らせた。                 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・      ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ……だとするなら、そう、こいつの名乗ってるジョースターの名前も!! 口から吐いたデマカセってことか!! ホル・ホースはその考えに確信を抱くと、苛付きながら目の前の男を凝視した。 相手の顔は先ほどまでと変わらぬ穏やかさに満ち溢れている。 だがその表情は、今のホル・ホースの瞳にはどうにも胡散臭い物に映った。 なんだぁ? そんな顔で紳士ぶりやがって、本当はハナッから俺を騙そうとしてやがったんじゃねえか! くそっ!! よりにもよって俺に嘘吐いて利用しようとするなんてよ〜〜!! 許さねえぜ!! ……ふん、けど、俺はこんな野郎に利用される気はさらさらねえ。 テメェが俺を利用しようとするなら、俺はさらにその裏を書くまでだ。 ――――俺を騙そうとした分のツケは払ってもらうぜ? 『自称・ジョースターさん』よ〜〜っ!! 【杜王グランドホテル(10階)・一日目 深夜】 【零代目ジョジョ(?)チーム】 【ジョージ・ジョースター1世】  [スタンド]:なし  [時間軸]: ジョナサン少年編終了時  [状態]:健康  [装備]:狙撃銃  [道具]:支給品一式(狙撃銃の予備弾)  [思考]:1)出来る限り争いを阻止する      2)危険人物相手には実力行使もやむ得ない      3)荒木の打倒      4)ジョナサンとディオの保護 [補足]ホル・ホースの名前を『J・P・ポルナレフ』だと思っています 【ホル・ホース】  [スタンド]:『皇帝』  [時間軸]: エジプトでディオに報告した後  [状態]:健康 /ジョースター郷に疑念  [装備]:なし  [道具]:支給品一式(ライター)  [思考]:1)出来るだけ戦わずにやり過ごしたい      2)利用できる味方を増やしたい      3)とにかく生き残りたい      4)ジョースター郷を利用し尽くす [補足]ジョースター郷の名前や、ディオが息子だという言葉を嘘だと思っています

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